「誠実とまごころ」をモットーに
1940年代、焼け野原となった戦後の東京。 住むところはおろか食べる物も着る物も不自由な時代でした。
その焼土から立ち上がり、豊かな生活を夢みて、私共は邁進して参りました。
今、振り返れば、時代の転換期であった東京オリンピックの年に我社は原宿に『ビラ・ビアンカ』という建物を完成し世に送り出したのです。 この建物は、日本における集合住宅(マンション)のオリジンとして、様々な雑誌に紹介され今もって高い評価を受けています。
その後、『ビラシリーズ』と銘打ち都心の一等地に次々ビルを建てて参りました。それぞれの建物は、 ひとつひとつが独創的なデザイナーズ・マンションで、芸術性に富み、『住人で有る事がステイタス・・・』との嬉しいお言葉も頂戴致しました。そうした事を励みに より上質な建物を造りたいという思いからステンドグラス事業にも進出していった次第です。
不動産事業部(分譲・賃貸)・ステンドグラス事業部(設計・施工・材料販売・教室)ともにお客様の声をしっかり受け止め、日々努力しております。
長年の夢でもありました日本の匠の伝統技術を継承することを目的とした、Fan Out事業部を立ち上げ、美容関連商品の新規事業を開始しました。
私たちは社会貢献も大切なことと考えています。皆さまのおかげで志がありながら、チャンスに恵まれない若者たちへのサポートを微力ながらさせていただいております。
21世紀に入り、もうじき社歴70年を迎える興和商事株式会社は円熟期を迎え『誠実とまごころ』をモットーに今日も前進し続けています。
創業者
石田鑑三
興和商事株式会社は1950年に設立、昭和30年代より、不動産、建築の分野に進出し、質の高い建物を建築してまいりました。
1978年、米国に会社を設立し、まず、文化事業の一環として、ステンドグラス、モザイク、レリーフの部門を作りました。
その後、10余年、設計、企画、開発、施工、管理等々不動産事業を手がけ、日米両国の特色を生化したトータルとしての事業の展開に務めて参りました。
変化の激しい世界情勢に対応した素晴らしい事業が出来るよう、初心を失う事なく、全社員一丸となって、社会に奉仕する所存でございます。
会長兼社長
石田卓也
1972年からアメリカで生活をしていましたので2008年に会社を継いだ時はカルチャーショックでした。
日本の素晴らしい商品を世界に知ってもらおうとFan Out 事業部を始めました。
日本の匠の技を継承するために協力会社を大事にして何とかして匠の職人を増やして行こうと全力を尽くしています。
また、先代が建てたビラシリーズのように世界一の商品を作ろうと心がけています。
日本にも多くの虐待されている子供がいるのに驚いています。
少しでもお役にたちたいと子供たちが大学に行けるよう援助をしています。
素晴らしい日本を
ありがとうございます。
早稲田高校卒業後渡米、カリフォルニアのChapman大学卒業。
1978年Fan Out Co.,Ltd.を設立し、貿易、不動産事業をアメリカで始める。
2008年興和商事株式会社(本社渋谷区)の会長就任。
Chapman元大学理事
Eureka大学(レーガン大統領の出身大学)元理事
Salvation Armyの元顧問
Rancho Damacitas(虐待された子供を助けるNPO)の元副理事長
日本ステンドグラス普及協会会長
共和党委員長の顧問
著書一覧
『日本人だったアメリカ人が見たおかしな日本』
エンタイトル出版、2011年
『日本人だったアメリカ人社長、日本を叱る』
株式会社学研マーケティング 2015年